こんにちは、yasuです。

さて、今回の投稿は「労働観」についてお話をしていきたいと思います。

働くって何?

さて、学生を終えて働いていると、「どうして自分は働くのだろうか?」という疑問を覚える人がいるようです。

これって子供が親に対して「どうして勉強しないといけないの?」と聞いているようなもので、人って自分のしていることに対して意義を見出したい生き物なんだなとつくづく思います。

まあ、人によっては「幸せになるため」とか「よく生きるため」とかいろいろとアリストテレスかのようなことをいろいろと吐いていきますが、個人的にはそういう哲学的な問答は好きなのですがここではいったんさておき。

「お金を稼ぐ」という観点で少し考えてみたいと思います。
「勉強する」というのは、その世界のルールや原理原則を学ぶため
「働く」というのは、その世界を前に進めるため
という風に私は捉えています。

「貨幣」というのは、価値と価値を等価交換するという概念だと考えると、働くことによってその対価であるお金をいただくわけですから、「働く」というのは価値を提供しなくてはいけないということです。

そして価値提供というのは、お金を払う人に対して満足(=今よりも良い状態にする、前に進める)してもらうことによって成り立つのです。

つまり、商売人であればお客様からお金をもらう代わりに、サービスや商品を提供することによって価値の等価交換が行われるのです。

一方で、会社員だとどうでしょう?自分がクライアントに対して、どんな価値を提供しているのか?ということを考えると良いと思います。オフィスに一定の時間居座ればお金が発生すると考えていてはいけません。何か価値を提供しなければお金は発生しないものなのです(本来は)

ちなみに「働く」の語源は「傍(はた)を楽にする」というところから来ていると言われています。
クライアントの負担を減らすという行動が、あなたの労働の価値なのだと考えてみてください。

そうすると、普段の働き方でも「どうすれば私に依頼してきた人は少しでも負担が少なくなるだろうか?」という観点で行動できるのではないでしょうか?これはブラック企業的なパワハラ活動を勧めるという意図はなく、あくまでも自分の労働市場における市場価値を上げるにはという観点で考えてください。

こうした考え方は相手に行動を強要する恐れがあるので、特に管理職者の人は受け取られ方を注意しなくてはいけないのですが、いち労働者として自分の年収を上げるにはという観点で書いています。

価値提供が結局稼ぐということ

そう上記のような考え方で行動をしていると、特定の場所に一定の時間いると自然に給与が振り込まれるという発想がなくなると思います。そしてそういう働き方は今後通用しなくなると思います。

自分は社内・社外のクライアントに対して、こういう行動をしてこんな価値を提供しているという自覚をもって働くということが自分の給与分の働きになるのだと思いますし、その行動の積み重ねが市場価値を上げるということに他ならないでしょう。

市場価値の具体的な上げ方は以下の投稿からご確認くださいませ!
https://www.happy-carrer.com/blog/73

ほな

さよなら三角また来て四角

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